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食い違う証言者の告白から真実に到れるか?深木章子「敗者の告白」 読んだので感想。

本屋で物色していると、一冊の本が目に止まった。
「八人の関係者の証言が食い違う」ミステリー
深木章子「敗者の告白」

敗者の告白 (角川文庫)

敗者の告白 (角川文庫)

ほほう。なかなか面白そうではないか(゚∀゚ )


どうやら、証言者たちが次々と「独白」または「インタビュー」みたいな形式で、「彼らから見た事件の模様」を語るという形式のミステリのようで。
こういうので言うと、
藤崎翔「神様の裏の顔」

神様の裏の顔 (角川文庫)

神様の裏の顔 (角川文庫)

とか

宮部みゆき「長い長い殺人」

長い長い殺人 (光文社文庫プレミアム)

長い長い殺人 (光文社文庫プレミアム)


とか
法月倫太郎「頼子のために」

新装版 頼子のために (講談社文庫)

新装版 頼子のために (講談社文庫)

とかを思い出しますね。
どれも傑作ミステリでした。

んで、その場では買わなかったんですが。
文庫本の新作なのかと思ったら昔にハードカバー版が出ていたらしく。
帰りに寄った図書館で偶然棚に並んでましたから、そのまま借りました。
金のない身に図書館はありがたいやね。

感想

注:この記事は「敗者の告白」の致命的でない軽いネタバレを含みます


後日:同作者の別作品も読みました

あらすじ

ことの始まりは3月二十七日午後六時十分頃のこと。
本村家の妻と八歳になる長男がベランダから転落して死亡する事件があった。
夫の本村弘樹は無罪を主張するものの、警察は彼を容疑者として拘束する。
だが、事件を調べていくと次々と「矛盾だらけの証言達」が飛び出した。
「妻の手記」と「長男のSOSメール」。
事件前夜に食事をともにした友人夫妻の話す本村家の実情。
八人の証言者が語る食い違った「告白」。
果たして転落事件の真相とは。
そして『敗者』とは一体。



これはぜひ『探偵』ではなく『裁判官』(もしくは傍聴者)の立場に立って読んでほしい。
関係者たちの証言(所謂「告白」)を聞く度にコロコロ変わる容疑者や被害者への心証。
拭い去れない違和感。
「誰かが嘘をついているはずなのに、どれを嘘としても違和感が残る」という不安。
最終的に「心証」というあやふやなもので決めざるを得ないジレンマ。
そして、最後の弁護士の述懐。
「裁判には決着がついた。だからこれは私の空想でしか無い。」
そして語られるとあるXについての推論。
事件を見ていない者が、事件の一側面しか見ずに「自分の印象」だけで語る証言者を頼りに判決を下す。
なんともはや難しいことです。

最初に見えた「事件の姿」が、異なる証言者の異なる視点を聞く度に変わっていき、事件の姿が「心証」によって歪んでいくのが面白いミステリでした。

人は真実を語ることは出来ないし、心証は真実とはならない。が、しかし裁判は行わねばならない。

容疑者の夫が語る「妻が子供と自分を殺そうとしていた」
死んだ妻が最後に残した手記「夫が自分と子供を殺そうと計画している」
子供が死ぬ前に送っていたメール「パパとママが僕を殺してしまおうと相談していた」
さて、この歪んだ三角関係の真相やいかに?

ということで、最初に本村親子3人の「告白」が綴られ、完全に矛盾していながらお互いを一部では追認している事件が語られる。
各証言には、「最初は思いもしなかった真実」が語られており、さらにそのことについて事件関係者たちの「外から見た本村親子」の話を聞いていくこととなる。
何度も「怪しい」が覆され、衝撃の真実が事実を覆い隠し、最初に受けた心証がコロコロヒックリ返される。
げに恐ろしきは思い込みで、「誰々の心証が悪いから、あの人が犯人に違いない」なんて言っていると手のひらがいくつ回っても足りません。
やっぱ「一人から聞いた真実を鵜呑みにする」ってのはやっちゃいけないんですよね。
誰も彼もが「自分の考える本当」を語っているのに、それぞれの話からここまで事件の姿が変わるんじゃ、過程なんて何の役にも立たない。

こういったミステリでいうと、加藤元浩先生の傑作ミステリ漫画「Q.E.D証明終了」が好きですね。
「水原さん。『わかった』というのはね、すべての疑問が解けて初めて『わかった』っていうんです」
超有名作なのでミステリ読みはもちろん、漫画を読まない人でもドラマ化しているので知っている人もいるのでは?

Q.E.D.―証明終了―(1) (月刊少年マガジンコミックス)

Q.E.D.―証明終了―(1) (月刊少年マガジンコミックス)

Q.E.D.証明終了 超合本版(1) (月刊少年マガジンコミックス)

Q.E.D.証明終了 超合本版(1) (月刊少年マガジンコミックス)

かなり長く続いていますが、非常に読みやすいロジックミステリの傑作なので、ぜひ読んでいただきたい。
特に「敗者の告白」を気に入ったならば、おなじ「裁判」をテーマに掲げる傑作短編があります。
QED-証明終了- 27巻 「立証責任」

Q.E.D.―証明終了―(27) (月刊少年マガジンコミックス)

Q.E.D.―証明終了―(27) (月刊少年マガジンコミックス)

テレビドラマでは最終話に選ばれていましたね。
非常に巧みに構成された短編裁判ものです。


閑話休題。

読んでいく中で、最初に気づく「何処かでかけちがった感じがする」違和感。
どうしてもフィルターがかかってしまう「証言者たちの言葉」が、明らかになっていく「新たな真実」が。
次から次へと移り変わる「誰側に立つのか」という心証が。
逆に、いちばん大切な「何があったのか」を塗りつぶしていく。
やはりミステリとザッピングシステム(複数の語り部が互いの立ち位置から語る物語)は相性が良いですね。
そして、最後に始まる「弁護士の述懐」。
弁護士としての思い、裁判の難しさ、真実の形のあり方。
元本職の弁護士である深木先生だからこそかける、裁判物だったと思います。


ミステリとしては真相に至るキーがちょい残念

えー、一言でもしゃべると最後のネタバレになるので、アレとかコレとかで表現するとですね。

最後の最後にデウスエクスマキナご都合主義に捕まってしまったかぁと。
いや、もちろんご都合主義は物語に必須の要素なんですが、そこには”巧みな演出”や”自然な偽装”が施されないと違和感しか感じないというか。
裁判もの(というか弁護士もの)としては機知に富んでいて非常に面白い出来なんですが、ミステリ小説としての巧みさには熟れていない感がありました。
いやまぁ、ちょっと最後の仕掛けのごくほんの一部なんですが。
「机上の空論」というか、ここまで複雑に織ってきたものを綺麗に解いたのに、最後の最後でちょっとつまずいたというか。
画竜点睛を欠いたというか。
そこだけが残念でならない。
ミステリって、そこが非常に重要だから。
納得。説得力。なるほど感。まぁ、そういうたぐいのものを躓くと、どうしてもね。
ほかが綺麗に決まっていたからこそ、欠けが非常に目立ってしまった。
というか別にアレなくても良かったよね。
そんな便利なテクニックでもないし。
その「納得感」ってかなり重要だから、ココはもうちょい丁寧に組んでほしかった。

非常に良く練られた「証言」という形の迷彩と、複雑に見える人間模様。
その全てに疑問を覚える「個人が語る真実のあやふやさ」ってのがすごく上手く出来ていて。
裁判に至るまでの「なぜ、どうして」本当は何があったの?というミステリの楽しさが存分に味わえただけに、最後の最後で説得力に欠ける説明が出てきたのがもったいないなぁ。
アレがなくても十分説明つくし、ここはもう少し練り込んでほしかったところ。
表現方法を変えるなり、いっそ普通に〇〇〇だったことにするなり、やりようはあったんじゃないかなぁ。

総評

インタビュー形式ミステリというか、独白ものというか。
裁判に至るまでの証拠物件(というか証言)を通したミステリ。

コロコロ証言者が変わるのに、それぞれの口ぶりや言葉遣いから「どういう人物なのか」が伝わってくる文体が非常に見事でした。
そしてその見事なテキストから織りなされる、「証言しか証拠がない裁判の難しさ」。
最後の落ちや、最終章にてなるほどなと思わせる「敗者」の意味。
惹き込ませる文章や、出てくる関係者像の巧みさ。
長年弁護士として勤めた経験から描かれる描写は流石の一言。
特に人間関係や個人心理に絶対入り込む”心理の文”や”掛け違い”の演出は見事としか言いよう無い。
予断を許さない展開の勢いも素晴らしいものがありました。

ただ、ミステリやエンタメ小説としてみた場合は、最後の締め方やトリックのあり方が少々物足りない。
強引すぎというか、机上の空論で終わっていて、「非常に丁寧な人物像」とは真逆の「トリックの粗さ」が目立ちます。
その他の盛り上げ方は上手いのだが、ミステリの大事なポイントがちょっと外れている。
そこが欠けていることで、やはり話のオチもちょい強引に落としに行ったなぁと思わざるを得なかった。
ココだけは本当に残念。

面白いんだけど、あと一歩煮詰めてほしかった。
ミステリとしては違和感が残ってしまう。
でも、間違いなく「述懐」ものとしては面白い。
そんな一作。
深木章子「敗者の告白」

敗者の告白 (角川文庫)

敗者の告白 (角川文庫)

思い込みや人間心理に振り回されてみたい人にはとてもおすすめできる一作です。

=>次、ミネルバの報復読みました
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