前回深木さんの弁護士ミステリ「敗者の告白」を図書館で借りてきたわけですが
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その時、ついでに横に並んでいた同作者の作品を一緒に借りてきてました。
「不愉快な結果に終わってしまった離婚調停の顛末が、2つの死体によって様変わりすることとなる」
深木章子「ミネルバの報復」
- 作者: 深木章子
- 出版社/メーカー: 原書房
- 発売日: 2015/08/17
- メディア: 単行本
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読み終わったので雑記感想。
人間ドラマが面白い半面、ミステリ部分の簡素さが惜しかった。
だが、読んでいるうちは間違いなく振り回された。
注:この記事は「ミネルバの報復」の致命的でない軽いネタバレを含みます
後日、同作者の「殺意の構図」もよみました
あらすじ
「実はね、この間、私の依頼者が行方不明になっちゃって」
ことの始まりは数ヶ月前に遡る。
中堅弁護士の横手のもとへ訪れた大学時代の先輩、辻堂。
彼が持ちかけた「自分の妻との離婚調停」弁護依頼は、すこぶる厄介な代物であった。
妻が悪いんだという辻堂であったが、実際蓋を開けてみると彼の話は嘘ばかり。
有り体に言えば「辻堂が外で愛人を作ったあげくに、自分勝手な言い訳を続けているだけ」というところ。
夫の浮気に業を煮やして離婚調停を起こした妻。正義はどう考えても妻の方にある。
次々と舞い込む「辻堂の言い訳」に振り回されながら、調停は進み・・・
すったもんだの末に結局元の鞘に収まった。
しかし、今度は「奥さんとは別れるって言ってたのに!」と愛人だった女性が問題を起こし、事件は「離婚調停」から「元愛人への損害賠償請求」裁判へと発展する。
その非常識な慰謝料の金額に、今度は愛人側の弁護を担当することになったのだが・・・・元愛人が裁判直前に失踪してしまったのだ。
当然裁判は無条件敗訴で決着した。
しかし、この事件はこれだけでは済まなかった。
弁護士会館の面談室で発見された辻堂の妻の遺体。
「なぜ彼女は面談室で殺されなければならなかったのか?」
当日に会館近くで目撃された元愛人らしき人物の姿。
「失踪したはずの彼女が、恨みで妻を殺したのか?」
妻が死んだことで、夫に転がり込む愛人から奪った慰謝料。
「全ては辻堂が仕組んだことだったのか?」
急変する事態へ追い打ちをかけるように、今度は謎の人物による横手への襲撃事件が発生し、
おまけに裁判所の地下通路には2つ目の死体が転がった。
もう何がなんだかわからない。
二転三転し続ける事件に弱った横手は、友人である弁護士・睦木怜に相談する。
果たして彼女たちは真相へたどり着けるのか。
前回の探偵役も睦木怜でしたね。
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どうやらシリーズ物だったようですが、直接な事件のつながりやクロスはないようです。
どっちから読んでも問題ないようで。
前回はオーソドックス?な刑事事件でしたが、今回は民事の「離婚調停」から始まるミステリー。
タダの離婚調停から、思いもかけず二転三転する事件の様相。
関わっている全員が一癖二癖あって先が気になる。
中でも辻堂がいいキャラしてるわ。
自分の言葉に責任を持たない上に、徹底して被害者側に立とうとする。
あまりにもクズで外道でヒモ。
いやぁ・・・・・やっぱこういう殴りたくなるようなキャラって大事ですね(゚∀゚)
そして驚愕の結末。
「人というのは、何処までいっても人から脱せないんだよなぁ」と。
横手の最後が中々に考えさせられますね。
見事なキャラづくりとシナリオテラー
それにしても、元弁護士だけあって、リアリティというか”雰囲気”が満ち満ちている気がする。
離婚調停のグダグダ感や、(辻堂のキャラもあるが)当事者同士が「自分のことしか頭にない」訴えを起こす。
序盤最後の「慰謝料請求のやり取り」とか、関係者が「当事者を押し付け合う」不条理感とか。
間に挟まれた横手が、正義感とか意趣返しでドツボにはまるさまとか。
横手が振り回され続けて憔悴していくのが、ホント仲介者って大変だなぁ・・・。
前回の話は刑事事件だったけど、民事の場合は「エゴとエゴを調整する」ってのがあって、大変なんだろうなぁ。
私はこんなん関わり合いたくないですね。
傍から見てる分には、面白いんだけどね(´・ω・`)
横手も傍から「犯人探しの探偵気取り」で楽しもうとした挙げ句に、痛いしっぺ返しを食らったわけですし。
語り部である彼女自身も「エゴを持った人間である」という形で書かれているのが面白いですね。
そういう意味では「絶対的な超越者」としての探偵はやはり睦木怜さんにまかせているようで。
ワトソン役が人間臭いのは当然といえば当然なのかな。
ただあえて言えば、布石の置き方が露骨なのが残念。
前回も感じたけどミステリ側の伏線が粗いというかオチが弱いというか。
「ああ、コレは絶対おかしい」とか「明らかに怪しいよね今の」ってのが迷彩されずに置かれている。
読んだ時点で「ん?こいつ今なんつった?」ってなって、それが最後まで予想が覆るようなことはなかったです。
キャラもドラマも作りが良くて、舞台設定も描写力も高いからこそ、”ミステリの演出”にももう少しこだわってほしい。
構成の意外性や考え抜かれた全体像が、最後だけあっさりしすぎてるように思います。
意外性のある結末が、途中経過で意外性を消し去っているというか。
そこが残念でならない。
これだけ複雑に重ね合わせたんだから、最後まできっちり迷彩を貼ってほしかった。
ミステリを読むものとして、やっぱり「騙されたい」という欲求は抑えられないんですよね。
合わない人には合わないだろうし、めちゃくちゃ盛り上がってた気分に水を差されてしまう。
なんか表現しづらいんですが、そのミステリの急所部分に「勿体無いなぁ」って気分を感じました。
それでも、横手の焦燥や、ラストへの持っていきかたは真に迫るものがあって。
そう考えるとこの「粗い」ってのも、何かを隠そうとする人間が起こしがちな「オーバーリアクション」だと捉えるなら、どこまでも人間臭いキャラクターたちなんですよね彼ら彼女らは。
ついつい「勢いづいてしまった」というか。
そういうアレコレが匂いのように感じられる。
謎解きやミステリより、人間関係が絡み合うドラマ性の高い作品だと思いました。
なんつうかなぁ。
最後まで読んでから読み直すと、登場人物全員の印象が全く変わっているのよね。
そういうのっていいですよね。
「人間って複雑に間違えるんだ」って。
総括
元弁護士の苦悩が感じられるような、登場人物たちの心情や事件推移の鮮やかなストーリー。
ドラマを彩る「本当にいそうな」キャラクター像。
誰しもが「何かを狙って嘘をつく」という当たり前なことを、正面から描ききった描写力も素晴らしい。
この作家さんは「事件関係者達」をリアルに書くのが本当に上手い。
ただ、エンタメミステリーとして読むとオチが弱いと感じる部分がありました。
ミステリに何を重視するのかってのにもよるけど、合う合わないは絶対出てくると思われます。
次々に事件が違う姿に展開され、読者ともども語り部を振り回す。
深木章子「ミネルバの報復」
- 作者: 深木章子
- 出版社/メーカー: 原書房
- 発売日: 2015/08/17
- メディア: 単行本
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読みやすくわかりやすい話の流れも含め、「ゴタゴタ、紆余曲折」な混迷模様がよく感じられて、千変万化する人間ドラマが面白かったです。
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