citrussinのチラシの裏

ゲームや読書感想、日々のことを適当につづる日記。TwitterID @sinensis197

由緒正しき旧家名家で起こった狂気と悪意の惨劇達。短編連作 米澤穂信「儚い羊たちの祝宴」はゾクゾクする最後の一文が秀逸なホラーミステリの傑作

わたしたちは、いわば同じ宿痾を抱えた者なのです。

都度都度述べてきたように私は米澤さんの作品が好きなのだが、この人はともすればホラーを書く。
ホラーと言っていいのかどうかわからんが、ミステリに人の悪意と狂気を混ぜる手法が上手い。
いや、もうこれはホラーミステリと言っていいだろう。
特徴としては”何よりも人間が怖い”と言った具合だ。
前回書いた満願の感想からも理解していただけるだろう。
www.citrussin.com

その中でもどんでん返し、つまり最後の最後で世界がひっくり返ることをメインとするミステリではこの一作がおすすめ。
短編連作集「儚い羊たちの祝宴」

儚い羊たちの祝宴 (新潮文庫)

儚い羊たちの祝宴 (新潮文庫)

いろいろな旧家名家で起こった事件がテーマで、とにかく最後の行に肝を冷やす一文が書かれるのが特徴。
特にホラーミステリが好きならばぜひ読んでいただきたい。
背筋を凍らせることができることうけあい。

あらすじ

まさに日本を動かす名家の淑女が集う読書サークル「バベルの会」。
その会員である5人の家で事件が起こる。犯人は、そしてなぜ事件が起きたのか。
歪んだ旧家で起こる様々な悪意は、狂気となって人を巻き込む。
そして最後に明かされる残酷なまでの真実と秘められた狂気が読者の脳髄を痺れさせる。
米澤流暗黒ミステリの真骨頂。

「秘密の書架」を共有する二人を襲う、酸鼻な不幸。「身内に不幸がありまして」。
 その屋敷の一室には、空を紫に塗った絵がかけられている。「北の館の罪人」。
 愛らしく、それでいて人跡まれな山荘に、遭難者が消えた。「山荘秘聞」。
 わたしの弱さは生まれつきのものだったのだと、いまになって思う。「玉野五十鈴の誉れ」。
「バベルの会」を除名された元会員は、知りたくなかった真実を知る。「儚い羊たちの晩餐」。

米澤さんのブログ
http://pandreamium.sblo.jp/article/46506785.html
より紹介文抜粋

ミステリのジャンルの一つ。所謂「最後の一撃( Finishing Stroke)」ってのを重視した短編ホラーミステリ。
話の最後の一文に「うわっ」と言わされてしまいます。
その襲ってきた感情が驚愕だけでなくて、後悔を始めとするドロドロとした甘美な何かへの恐れというのがいい。
まさしく”ホラー”ミステリ。
もう一回読み直しさせる引力があります。
そしてこの作品は、至るところに比喩が使われるのが特徴で、相応の読み込みや知識を必要とします。
読書サークル「バベルの会」によって各短編がゆるくつながっており、それに関してか津々浦々の名作を読んでいるかどうかも問われるヒントが紛れ込ませてあるのも特徴。
とは言え、作内で真実を明かす際に説明が加えられるため、別に読んでいなくても楽しめるので心配はいりません。
それよりも、幾多の比喩を読み解けるかが問題な気がする。
露骨に”それ”を書いているのですが、流し読みするとわからんかも。
特に最後の1文で背筋を凍らせるために、流し読みせずしっかり没入していただきたいです。
その価値は十分にある。

由緒正しき名家に残る因習と数多を巻き込む惨劇

由緒正しき名家というのは非常に困ったもので、様々なしがらみと因習、そして周りからのレッテルに囲まれていると言っていいでしょう。
惨劇が起きる原因も、起こった後の閉鎖性もホラーミステリとしては魅力的です。
基本的に女中等によって語られる前半と、種明かしの後半に別れており、全てが人間の悪意と狂気に彩られています。
しかし、問題はこれがミステリということですよね。
単なる犯人の事実だけでなく様々な考察ができるほのめかしが文中にばらまかれています。
それを楽しむほの暗さがまた楽しい。
惨劇を読者視点で眺めて、あーだこーだ考えるのは不謹慎ですが暗い楽しみに彩られています。
人の狂気を醸成させる旧家という世界観は異常性があって面白いですね。
特に最終章「儚い羊たちの晩餐」でバベルの会の入会条件を知ってしまうとなかなか悩ましい。

最後の一行が脳髄に響く秀逸さ

すべての”最後の一行”がこのためにあったと言わんばかりの終わり方をしています。
いや、本当に考えられている。
ホラーミステリとしてこの作品を傑作足らしめている一番のオススメポイント。
また、読み終わった後に再度タイトルを目にすると更に衝撃を受けられて楽しい。
そのタイトルが何を表していたかを考察してみると長く楽しめます。

  • 第1編「身内に不幸がありまして」

最初の物語だから準備ができていませんでした。
この物語は起きた惨劇についての犯人と犯行はそんなに問題にせず読み解けます。
別に読み解けなくても、すぐ種明かしされるから問題なし。
この物語の重要な部分は”なぜ”という動機だからです。
読み返すとうなずけるミスリードと伏線の交錯が楽しい。
幾多の書籍を知っていると謎解きに有利ですが、まぁ読みきれずに最後の一行に驚いたほうがいいと思われ。

  • 第2編「北の館の罪人」

バベルの会に所属している妹が何を最後に気づいていたかを読むともっと楽しめる一作。
あれだけ欲しがった所からして、推理しきっていたんじゃないだろうかと思ってしまう。
単純にミステリとしての問いかけは”彼”がお使いに出すのは何が目的なのかというなぞなぞ的な題材でそれはそれで面白いのですが、
やはり最後の一行でしょう。彼女の微笑みに戦慄を隠せなかった。
そしてぜひ読み終わった後にタイトルを見つつ最初のページ。つまり1節目を見直してみてください。
恐るべき事実がそこに示されています。

  • 第3編「山荘秘聞」

あ”あ”あ”あ”あ”あ”
騙された騙された騙された。
これは何かを言ってしまうとネタバレになってしまう。
思い込みを利用した見事なギミックですね。

  • 第4編「玉野五十鈴の誉れ」

もっともホラーしている一作。
なるほど、唯一教えたものを大切にしてくれる友達って素敵だなー(遠い目)
彼女の”誉れ”は変わったのか変わらなかったのか。
第4編最初の問いかけである「玉野五十鈴の誉れとは何だったのだろう」これがミステリですね。
かなり考察しがいのある問いかけですが、ストーリーとしては非常にわかりやすい構造と、最後の一言がホラーをホラーたらしめる万人向けになっています。

  • 最終編「儚い羊たちの晩餐」

この本にまとめるために書き下ろされた短編。
祝宴から始まり晩餐で終わるのがなかなかおもしろい。
2重構造になっていてFinishing Strokeが二回あるのも特徴。
さて手記がアレで終わったのはなぜなのか。
非常に比喩も多く、まじで読解力が試されます。
アルミスタン羊については露骨に示されているのですが、他の謎がね。
特に8月10日に語られた事実がね。
彼女の心境やいかなるものか。
手記最後の文章について考察が多岐にわたります。
おすすめの部位にしても意味深です。なぜあの部位だったのかがわからん。。。。
=>後日再度読み直し、考えに考えた結果、ある程度察しました。つまりアルミスタン羊の一番美味しい味を知っているのは”私達読者自身である”ということですね。バベルの会の入会条件とここまでの4編がここでつながるわけか。。。。


非常に隠喩と謎に満ち満ちた短編となっています。
そして最後の最後。
読み切ったときの何とも言えない苦い後味が記憶に残ります。




以上。
脳髄に氷のつららを突き立てたいならぜひ読んでみてください。

儚い羊たちの祝宴 (新潮文庫)

儚い羊たちの祝宴 (新潮文庫)

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