棚に置いたまま積んでいた米澤さんの「満願」を読みましたので感想記事。
単行本「満願」は短編”満願”を含む6作品のミステリー短編集。
なぜ満願をタイトルに持ってきたのかなと最初は考えていましたが、
なるほどなるほど。すべての短編が登場人物の満願から始まり満願に終わっていたといえるものでした。
そもそもミステリーとは『そうだったのか!』に帰結させるジャンルであり、サスペンスは『どうなるんだ!?』を想起させるジャンルです。
よってサスペンスミステリーを短編にする場合、短い中にどうなるんだ=>そうだったのか!を作らなければならず非常に難しいジャンルといえます。
しかし、さすが米澤さん。
背筋が寒くなるような、もしくは気づいてしまったことが罪であるような感覚にとらわれる6編でした。
山本周五郎賞受賞作。
「これだけ違った世界を、それぞれ完全に自家薬籠中のものとして描き分ける力量に脱帽だ。本作の受賞がうれしい」
審査員 佐々木譲
と言わしめた、多様なミステリー短編。
一切のファンタジーなし。現実にあるかもしれない数々の満願。ドキドキのどうなるの?から驚愕のそうだったのか!に至る過程を楽しめるおすすめ本です。
- 作者: 米澤穂信
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2014/03/20
- メディア: 単行本
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第一編 夜警
交番によくある相談。ありふれたDV被害者。そして主人公の下に配属されたおおよそ警官には向かない新人。
しかし、ある日包丁を持って暴れたDV夫と対峙し新人が殉職してしまう。
「奴は警官に向かない男だった」
そういいながら葬式を終えた主人公にある疑問が飛来する。最後に彼が残した言葉。
「こんなはずじゃなかった。うまくいったのに。」
さて、一体あの日何があったのか。
もともと「一続きの音」という題名だったのを改題した今作。
小狡く、小心者で、ミスをひた隠しにしようとする新人が行った勇気ある行動。
しかし主人公にある疑問が飛来します。
いやいや、よくできた短編だと思います。
トリックなんてものじゃなくてふとした気付きでわかることなんですが、気づいたときの「わかってしまった感」はある意味でミステリ読みの楽しみでしょう。一見すると心の闇というものが深いなーと思いますが、読み返して思えば思うほどありがちなことだと考えてしまいます。
彼の満願はなんだったのか。ネタバレを回避するためにそこは伏せますが、まぁ人間の卑小さというのは大きな問題を引き起こします。
が、考えてみると大小あるにしろ根幹部分は他人事じゃねーよなこれ。
第二編 死人宿
鬱で失踪した恋人が仲居をしていると聞いて、自殺の名所近くにある最後の逗留場として栄えている温泉宿にやってきた主人公。
常識を語って庇ってくれなかった主人公に、あなたは変わってないと冷たい恋人。
しかし、温泉の脱衣所に遺書が置き忘れられていたことから、一つ主人公にチャンスが与えられます。
「誰が書いたかわからないかしら?」
果たして主人公は突き止められるのか、そしてとある結末が。。。
死人宿。なるほど。そうですね、自殺の名所近くだからこそにぎわっている死人宿。
これ、自殺する人がいなくなると客が来なくなるんですよ。死人宿ですから。
最後の男の言葉が身に沁みますね。
さて満願は誰に係るのか、主人公か、恋人か、遺書の人?それともXXXでしょうか。
どれも満願を抱いてはいますが、死人宿自体が満願なのではないでしょうか。
最後の終わり方、これを望んだのはだれでもない宿本人である気がします。
第三編 柘榴
非常に美人で年齢を経ても色あせず、本人もそのことを十分に理解している女性、さおり。
彼女は大学時代に多くの女性と競い合いとある恋人を捕まえます。
甘い声、やさしい風貌、溶かされそうな話術。
どんな女性からも愛される男でした。
彼女にとって恋人は人生で一番のトロフィーでした。
しかし父親が反対した通り結婚後はひどいもの。全く働きもせずに女をだまして日銭を稼ぐ主人。
そのころには彼女の一番は子供に移っていました。夕子と月子。両親ににて絶世の美少女です。
子供をかばうため、学校に行かせるために離婚を決意します。
夫の行状はひどいもので、確実に親権は彼女のもののはずでしたが。。。。
大切なものがかかった時の人間の怖さはやばい。
ひえってなった。
特に最後の一言
「けれどもいまは、それほどでもない」
これがきつかった。背筋が凍りました。
怪談話でも「世に女の情念ほど怖いモノはなし」と言いますが、いやいや生きている人間の情動というのはすさまじいものがあります。
ミステリーのなるほど!もサスペンスのどうなるの?も早めに推測できてしまいますが、「満願は何か」だけは最後の一言を持ってしることになるでしょう。だからこそ怖い。
ありえそうな一場面、すごくもやもやが心に残ります。
第四編 万灯
「ビジネスマンたる者、職場に出たら親の死に目にも会えないと思え」
そんな意志を心に仕事一筋に生きてきた主人公は、東南アジア、バングラディシュでの資源開発で挫折を経験します。多額の賄賂、治安悪化、天候不順に時にはリンチさえ起こる地元の反発。
”場合によってはどんな行為をも選択しなければならない”
彼は仕事を全うしたかっただけ、日本にひかる万灯の明かりに自分の手で一灯を加えたかっただけ。
ただそれだけなのに。
彼はある罪とミスを犯してしまいます。
それは、何が本当に大事なことなのかを見失ったこと。
彼は裁きを待ちながらぽつぽつと思い出していきます。
意欲に溺れ、大事なことを見失うのは良くあることですが、一線は守りきらないといけないよねという話です。
そもそも第一篇の夜警でも触れてますね。「警官は守るべき一線を理解できる奴じゃないとしてはいけない仕事だ」と夜警の主人公が語っております。
でも警官だけじゃないですよね。大事な一線を踏み越えないようにしないと何かを失ってしまいます。
一線を守るために芸を磨き、一線を守るために大切なものを確認し続けないといけないわけです。
この主人公は多くの手段を使いすぎました。線がゆるゆるになっていたのです。
満願をかなえるために犯した彼の罪とは何か、ぜひ読んでみてください。
第五編 関守
伊豆のある田舎道。そのカーブで4年で4件車の滑落事故が起きている。
特に急でもなく、勾配もなだらか、スピードを出しすぎでもしなければそんなことは起こりえない。
スピードを出しすぎる何かがある?それとも、はて妖怪の仕業だろうか。
都市伝説記事のネタを求めてその地に訪れたライターの主人公。
そのカーブの前にある古い茶屋で一服し、ついでに聞き込みを行うことにしました。
茶屋にはおばあさんが一人、非常に話し好きですいすいネタが飛び出てきます。
聞けば、この道を通る人の多くがこの茶屋で一服するそうです。
これはしめしめと、長話を聞く主人公。
しかし、具体的な話になるごとにどうも体の調子がおかしい。はてどうしたことだろう。
体に力が入らない。。。。
「ねぇ、お兄さん、聞いてるかね?」
こっ、、、怖ぇぇぇ。。。
いや、十分都市伝説だよこれ。
良かったね、主人公ちゃん。これで記事が書けるよ。帰れれば。
なるほど、タイトルが大きなヒントですね。まさに関守。
お婆さんの長話から本当は何があったのかを探りましょう。これぞサスペンスミステリー。
短い話の中に恐怖と焦燥と驚きが入ってます。
満願
まだ弁護士を目指していたただの学生だった時代。
下宿先に妙子というおかみさんがいた。
夫にいい顔はされていなかっただろうに、つらい勉強時代を陰に日向に支えてくれたおかみさん。
その彼女が殺人を犯したとあって、弁護士になりたての主人公は即座に弁護をかって出た。
しかし無罪にはできず、おかみさんは殺人の罪を認め控訴を取り下げた。
そして、本日8年にわたる服役を終えた彼女。
しかしこの人柄を知る主人公は8年である疑問を抱いていた。
下された8年という判決に一切抗おうとせず、刑期を勤め上げた。
彼女の満願とはなんだったのだろうか。
表題にもなっている満願。
ある疑問は一つの出来事を持って氷解します。
”彼女にとって大切だったものはなんだったのか”
さてはて彼女の満願は書籍を読んでいただくとして、満願を知った後によみなおすと非常に見方がかわる作品かと思います。
主人公を支え続けた彼女、夫の死に「目元を覆って静かに泣いた」とまで書かれた彼女。
どこまでが満願に起因していたのかは人それぞれとらえ方が違うと思います。
再度読み直すと、達磨の意味も変わって見えますね。本編が終わった後で目は入れられたのでしょうか。
思えばこの短編集。みんながみんな人間臭いなと思いました。
利己的で、他者より自分を優先し、その結果救われた人も救われなかった人もいます。
多くの救いはただ本人のエゴによっておこされ、結果として救われた人は感謝を覚えるでしょう。
満願とはある意味内向きの思いです。他者を退け、一線を破り、全てを賭してでもかなえたい願い。
結果として誰がどうなるかはもはや話の外といえるでしょう。
情念と執念が渦巻いた結果生まれた”なぜ”は最後に”なるほど”に変わります。
加えて、6作で得られた教訓はより深いもののように思えました。
言葉で表せないですが、願いとはなかなかエゲツナイものなのだなと。
ミステリーの傑作「満願」340ページほどの短さなので、よろしければお手に取ってみてください。
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