citrussinのチラシの裏

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怪談×推理 相沢沙呼「マツリカ」シリーズを読んだので感想。あまりに見覚えのある思春期の闇を抱えた主人公に居たたまれなくなる日常ミステリーの良作

けれど、ここにいてもいい理由がほしい。


2巻から一文抜粋

多くの人は知らないでしょうが、自信がなくて自らの醜くさを許せなくて人と関われない人は結構います。
そういう私たちは基本的に誰とも話さず、会話に入れず、自己を卑下し、他人に光り輝く青春を見るのです。
学校の昼休み、机に突っ伏して寝ているふりをするのです。
ワイワイ騒がしい教室に”居た堪れなくて”トイレにいくのです。

何の話かというと。
この間の電子書籍セールで買った日常の謎系ミステリ物「マツリカシリーズ」が読めたので感想。
老獪な描写、胸の奥を苛まれる暗さと周りのやさしさという光、そして幾多の「真実に気づかなければ良かったと”思ってしまった”自分を自己嫌悪する」謎を秘めた良作。

さらにヒロインが、大空寺あゆから続く超初期の”ツンデレ”を正統に受け継いでいるという点で、萌好きも見逃せない一作

マツリカ・マジョルカ 「マツリカ」シリーズ (角川文庫)

マツリカ・マジョルカ 「マツリカ」シリーズ (角川文庫)



あらすじ

自分は一つもいいところない人間だ。
人に好かれるはずもなく、周りの喧騒が眩しすぎて、一人でいつも歩いている。
少なくとも、そうすれば誰かに迷惑をかけることもない。
ヘタレで、性根が醜く、頭は良くない。高校生の主人公柴山祐希は自分をそう思っている。
勇気がないのに柴山”ユウキ”だなんてばかみたいだ。
そんな少年が出会ったのは、”怪談”を聡明な推理で”事実”に変える廃ビルに住む少女マツリカ。
彼女の見目麗しさの虜になった彼は、いつしか自らの居場所を見つけていく。
謎は誰かが隠す傷跡。
自分に一切の自信のない少年が、いろんな傷に触れていく物語。


日常ミステリー枠で探して買った一作。
非常に柴山祐希君に感情移入してしまい、楽しく一気読みしました。
日常の謎とその”解いたあと”を楽しむミステリ。
解いてはいけなかった謎を解いてしまったあと、彼はどういう決断を下すのか。
大半の章が終わりをぼかしており、その後”どうなったか”は読者が自由に想像する作風です。

どSツンデレな探偵役ヒロインのマツリカ、快活な”実は美少女”なカメラ娘の小西さん含め、魅力的なキャラが多いのも楽しめたところ。
小西さんいいなー。こういう娘がいたら学校生活楽しいでしょうねー。
特に作者の描写力がすごく高いので、ヒロインのいろんな魅力が楽しめました。

醜い自分の成長物語

主人公に対する共感がマッハでやばい。
わかる。自分のすべてが嫌になり、周りのみんなの光に耐えられなくなります。
”親しい人に向けてしまう性欲”という自分の醜悪さ、”こんなことも分からなかった”と後悔する自分の頭脳、”何か言ったら嫌われてしまう”という無意味な自信。ただただ自己弁護とそのことへの嫌悪が頭を覆う。
彼は私でした。

そんな彼が、一歩づつ友達を作り、前を向き、そして勇気を出して人の傷跡に触れる。これはそういう物語です。
特に2巻「マツリカ・ハマリタ」の落英インフェリア(第一章)の顛末はよくやったと褒めてあげたい。
勇気の一歩。言えなかった「案内しようか」の一言。
どれだけの苦痛を乗り越えなければ行けないのか、少なくとも私は知っています。
相手を思いやるあまり言えない言葉、自分が傷つきたくない故に動けない一歩。
その踏み越えにどれだけの人が苦悩し、頭を悩まし、夜のたうち回ることか。

このマツリカシリーズは間違いなく”僕”の一歩を応援する物語でしょう。
この世界が、周りは自分が思っているよりちょっぴり優しく、自分は自分が思うほどダメじゃない。
そういう”当たり前”に少年が気づくための成長譚。


気づいてはいけない過ちが常に心に棘を刺す

”怪談”とは何でしょう。
それは過去の被害者の<悲痛な叫びです。彼らの叫びを片鱗だけ聞き取ったものが、物語にして教訓を残すのです。
”謎”と何でしょう。
それは秘密です。誰にも見られたくないとても痛々しい傷跡を隠すから、それが知らない人から見たら”謎”になるのです。

頭がいい人は、その怪談が含む過去の被害者の叫びを聞いてしまうから。
主人公が持ってくる「被害者の叫び」を含んだ怪談を、彼女はすぐに解いてしまい、それ以上興味を持たなくなります。
第一章の怪談「走る原始人」もそうでしょう。
ある程度情報が揃ったところで「被害者の叫び」を聞いてしまう。
だから、マツリカさんは、途中からその話題に興味を向けなかった。
マツリカさんが気にする怪談はいつもとてもバカバカしく滑稽なものばかりで、主人公はあり得ないものを探しに行かされます。
その裏に事実を含んだような真に迫る怪談は、わかってしまう人からするととても痛々しい見たくないものです。


この作品を読んでいる間”見たくない”を何度も経験しました。
解いてしまった罪悪感を”幽霊の仕業にしとけばよかった”と思ってしまった自分を再度嫌悪しました。
汚い、醜い、辛い過去を、それでも暴いてしまい「少し救って返す」
そんな物語の連続でした。
「勇気」には何の力もないけれど、少なくともちょっとだけ前を向く手伝いをしてくれる。
そんな気持ちにさせられました。




最初期のツンデレが今に残る

さて、ツンデレの発祥は言うまでもないですが、周知の通り「君が望む永遠」の大空寺あゆです。
彼女を褒める掲示板住民の一言が発祥となりました。

大空寺あゆの”ツンデレ”には「好きな人に嫌われたり誤解されることを物ともせず、本当にその人のためになることをする」という意味が込められていました。
「私はあなたのためにパンを焼きましたなんて押し付けがましいことすんなや」に代表されるように、「あなたに好かれたいから」好意を示すのではなく「あなたを愛しているから」嫌われても忠言するわけです。
そのツンツンしたあまりに冷ややかな対応を、しかし全体を見渡して本当に意図していることを解きほぐしたとき、そこに”圧倒的な愛情”を見つけることで、萌える属性。
それが所謂ツンデレでした。
しかしそれは読者の読解力と、筆者の描写力を高く必要とする属性で、使いづらいものでもありました。
そのため、時代を経るに連れ、”ツンデレ”という言葉をテンプレートに中身を加工し、意味は変遷していきます。
そして「素直になれない系」というジャンルと混ざり合って、現在のツンデレが出来上がった次第です。
そこのキャラ変遷も面白く、ツンデレに割合定義を持ち出す原因になったツンデレ女王カトレアこと「パルフェ」の花鳥玲愛や、時間軸やイベント軸で主人公だけにその素顔を見せるという概念を広めた「つよきす」の椰子なごみなど多種多様なキャラを生み出すのですが、キャラ談義も含めて語りだすと夜が明けて10記事ぐらいつくらないといけないので割愛。
閑話休題

マツリカシリーズのヒロイン「マツリカ」さんはまさに初代ツンデレを彷彿とさせる慈愛に満ちていました。
あまりに冷たく、どSで、主人公に対してきつく当たっているように見えるマツリカさんですが、たとえば主人公の「友達を自力で助けたい」という思いを察して、わざと彼が一人で解けるように”ヒントだけをほのめかす”シーン(2巻参照)とかね。
一挙手一投足に主人公への慈愛が見えてディ・モールトベネ(大変良い)。
相手にそれが見えないようにドSで冷たい風を装っていますが、言外に溢れ出る主人公への思いやりや、先輩としての気遣いがとても身にしみます。
単なる理不尽キャラではなく、単なる高飛車でもなく、こういう絶妙なバランスでキャラに複雑なバックボーンを与えているのが、相沢沙呼先生やりますねー。

1巻の最後に突き放しつつも震える主人公を抱きとめる彼女にキュンキュンきました。





謎を謎のままで放っておけなかった少年の物語。
主人公のウジウジさが許容(もしくは共感)できるなら、万人におすすめできる良作でした。

マツリカ・マジョルカ 「マツリカ」シリーズ (角川文庫)

マツリカ・マジョルカ 「マツリカ」シリーズ (角川文庫)

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