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citrussinのチラシの裏

ゲームや読書感想、日々のことを適当につづる日記。TwitterID @sinensis197

ブログを書いてて思うこと

さて、適当にお題スロット(はてなブログについてる機能で、お題をランダム提示してくれるアレ)を回したら「ブログをはじめたきっかけ」ってのが出た。
ちょうどいい。今日の雑記はこれだ。
今日も今日とて益体もない話を始めよう。



ブログってのはどうなのだろうか。みんななんで始めるのだろうか。
私は利己的な理由が全てだ。みんなはどうだろうか。
例えば私にはうつのリハビリのため下記3点を早急に満たす習慣が必要だった。
1. 毎日続けられる何か
2. 自分の思いや考えを吐き出せる場所
3. 承認欲求を満たせること
ああ、ブログが良いんじゃね?と思った。
毎日書いているかは表示されるし、自己満足ながら考えを吐き出せる。
アクセス数が日々伸びていくのをみると心の大事な場所が満たされていく感じがしてとても嬉しかった。
何か創作を行いたかったからもあるし、誰かに認めてもらいたかったのもある。
私が鬱になった日の記事でたまに書くが、承認欲求というのは非常に求めてやまないものだ。
特に私のように自分を大切に出来ない自分がいる人間はそれを埋める意味合いでも誰かからの承認が必要なのである。

最初に書いた記事は。。。。スプラトゥーンの愚痴とオブジェクト指向とは何なのかだったか。
結局オブジェクト指向記事はあまりに長くなり、投稿が遅れた。
文字を書くというのは才能がいると思ったのもその時だ。長文を書くというのは何たる難しさかと。
1000文字満たすのに最初は1時間ぐらいかかった。意外と適当に書くというのが難しいことも知った。
今ではお題があれば30分以内で1000文字記事をかけるようになったが、最初は非常に苦痛だったなー。
日々の鍛錬がものをいう技術だと思う。
長文を書いて、記事を更新していく中でよく思うのは、自分の中にある考えを表す語彙がほしいということだ。
語彙が少ないと文章がわびしくなり、一方的な言葉か白々しい表現か、あるいはテンプレート的な言葉しか書けなくなる。
私のおすすめ本記事ではかわいいという言葉を頻繁に使うが、何度も使っているときに実は大層頭を抱えている。
このキャラにキュンときたのは確かで、それを相手に伝えたい。
しかしその言葉をいくら考えてもどう表現していいかわからないのだ。
体験は他者に伝えられず正確に言葉では表せないとは慧智和尚の言だが、そのとおりである。
いかに微に入り細を穿って説明してもそこにあのときめきは表現できない。結局納得行かないまでもある程度頑張った段階で次のように述べざるを得ない

ぜひお手にとって読んでみてください

読んでいただかなければどうしようもないのだ。
その後実際に読んでいただきぜひときめいてほしい。
萌えとは一切言語化できない感情なのだと夜通しサブカルチャー専門の大学教授と語り明かしたものだ。

萌ってね、非常に難しいものである。いやと言うか私のブログの半分を占める読書感想記事は他のテーマと同じぐらい非常に困難な道程だ。
そこに心が動いたという事実はあれど、それが他人と共有はできない。
キュンキュン来たのは自分の心のツボに突き刺さったからだ。それが他の人の心にも同じように突き刺さるなんて考えるのは愚の骨頂。
自分の尺度で他人を測るほど図々しいこともないだろう。
それでもどうすればこの感動の10分の1でも伝えられるかに腐心するのは、同士を見つけたいからである。
これ面白いよ!
そうだね面白い!
これである。これがほしい。我らオタクたちは一人で楽しみたいという欲求とともに、自分の見つけた面白い作品を他者に布教させたいという欲求を持っている。作品が馬鹿にされたらちょっと傷つくし、場合によってはわかってねーよってなる。
面白いんだって!みんな読んでみてくれって!きっと分かり合えるって!
そう思いながら血反吐を吐いておすすめ文を考えるわけだ。
そう考えると、「ブログをはじめたきっかけ」ってのは同士を増やす目的もあったのかもしれん。
私の書いた記事を読んだ人の少数でもハマってくれたら、それはとてもうれしいことだ。
もしそれが私のクリティカルしたシーンではなく別の事柄でクリティカルしたとしてもいい。
いいものをわかちあいたい。
意外と利己的というのは他者を幸せにすることで満たされるのかもしれん。