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citrussinのチラシの裏

ゲームや読書感想、日々のことを適当につづる日記。TwitterID @sinensis197

書物の中の友達について

本というのは君にとってどういうものだろう。
ただの”作り物語”とするだけならば簡単だがもったいないのでは?
つまり、今日も今日とて何の益体もない話をしていこう。


さてこの間教師をしている友達と食事した。
とあるイベントに行こうと誘われていたのだが、申し訳ないことに人ごみがまだ駄目なので飲みだけ参加させてもらった。
飲んでいる最中話題として挙がったのが、昨今の読書感想文についてだ。
「読書感想文を採点する身としては、amazonや読書ブログなどを検索して同一の感想がないかチェックしないといけない。」
丸々移してくる生徒が後を絶たんらしい。
ネット社会に生まれ育った子供なのだから、文字には慣れ親しんでいるのではなかろうかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい
LINEやネットニュースを見ても短文が多い。長文を読んで豊かに想像(妄想)する力が育たないのだという。
なるほど。そういわれてみればそうかもしれん。
長文を読むのに慣れていないと疲れる。英語の書物を訳しながら読むのは非常につらいがゲームチャットの英語短文なら簡単に読める。
大体のニアンスをつかむのにさほど違いはないはずだが、長文になると「うっ」とくるのだ。
それを考えれば仕方がない話なのかもしれない。


それでも長文になじみがないというのは残念でならない。小説は無理でも漫画は大丈夫だろうか?

きみは幸せだよ。ファンタージエンに友だちがいるんだから。みんながみんなそうってことじゃないんだよ。

とはミヒャエルエンデの傑作はてしない物語に登場するK.K.K.の言葉だが、物語の中に友達がいる私は幸せだったと思う。
様々な状況下で彼らには勇気と希望と知恵をいただいた。
学校の授業は忘れても、好きなキャラクターの名言は忘れない。
他にも、勉強という点に絞っても数学、歴史、科学に至るあらゆる授業で彼らの影を見ることでそこそこの点が取れた。
どこかの継続高校のスナフキンから言葉を借りれば、”物語には人生の大切な全てのことが詰まってる、でも多くの人がそれに気付かない”。
人生を豊かにしようにも100年人は生きられない。
しかし物語のキャラクターと友達になればきっと1000年の時を生きることができるだろう。
例えば、小説では飯田譲治の「アナン」には人の苦しみを受け止めることの切実さや、守るということの大切さを教えていただいたし、生粋の善人も悪人もこの世には存在しないのだと、他人は決して自分の秤で測ることができないのだと、感じることができた。
例えば、コミックでは楠桂の「八神くんの家庭の事情」や江口寿史の「ストップひばりくん」を読んでマイノリティーへの寛容さを会得できた気がする。八神くんの終わり方には様々なものを考えさせられた。多くの人がいけないと口にすることも、その人それぞれの意義や理由があるのではないだろうか。
ドラえもんや手塚治虫のブッダ、銀河鉄道999の哲郎は長い間一緒に暮らした親友である。彼らには有形無形の財産をいただいた。


さて長文を読みたくない彼らには、小説や漫画を読まないならばせめてドラマ、アニメや映画に浸っていただきたいところである。
文章として読まないのだから感じ方や教えてもらうことは小説や漫画とは違うものになるだろうが、きっと良き友達として様々な金言をくれるだろう。
そしてできれば漫画やライトノベルでも問題ないので、様々な物語に触れていってほしいと思う昨今。